キミの匂いがする風は 緑 〜枝番?


  “アダムのりんご”
 


    後日談を少々



すったもんだの1日が過ぎて、
寝坊すけイエスは、
ジョギングから戻って来たブッダに起こされても
すぐにはピンと来なかったようだったが。
朝ご飯の途中でいきなり、

 「  あ〜〜〜〜っっ!」

ブッダがびっくりして箸を取り落としかかるほど、それは唐突に思い出し。
自分の手や膝を見下ろして、箸をもったままの手で髭へも触ってから、
“やあ戻ってるvv”と喜んでいたようで。

 「もうもう、お行儀が悪いよ、イエス。」
 「は〜い、ごめんなさいvv」

食器を片付け、イエスはブログへ眸を通し、
ブッダは新聞とそれからチラシへ眸を通し。
ある意味、相変わらずな調子の そんな朝がまだ終わらぬうちに、

  Trrrrrrrrrrr、Trrrrrrrrrrr、と

今度はブッダのスマホが鳴り出して、

 【 全世連 仏閣営業部の梵天でございます。】




     ◇◇



やはりやはり、
来たと同時に“おや、イエス様は?”と問うた彼だったのへ、

 「お買い物に出てもらいましたよ。」

隣町のスーパーでコンパクト洗剤が格安だったので、
それを買いに自転車で出掛けていただいてますと。
こちらもやはりにべなく言い返したブッダだったものの、
梵天は うんうんと頷くと、それは重畳と呟いて。

 「こちらからお話しした方がいいでしょうね。
  例の、仏界のお土産物についてです。」

イエスが居たならならで、
何しろえらい目に遭った当事者だけに、説明と謝罪が要ったはずだろに。
さして揺るがなかったのであろうと思わせる泰然とした態度のまま、
小さな卓袱台の前に四角く正座し、背条を延ばした屈強な天部は、
生真面目なお顔で淡々と、あくまでも事務的に語り始めた。

 「イエス様へ甚大な作用を及ぼした今回の顛末は、
  昨日のうちにペトロさんから聞いております。」

イエス様が 小さき者からの望み届かぬことへ気づかず
いたく御心を乱されてしまわれたという、
以っての外な弊害が出ましたのでとの事態説明の下、
即刻、製品の回収にと運んでおりますのでご安心をと。
対処としては勿論のこと、
仏閣営業部が運営上の面目を保てたことへも
上首尾な結果になったことを語る彼なのへ。

 “帰られたあのまま早速連絡したペトロさんだったらしいな。”

そこへはホッとし愁眉を開いたブッダだったが、

 「実を言えば、
  ペトロさんは以前からも打診して来ておられましたしね。」

そうと続いた梵天の言いようへ、

 「……。」

戸惑いとも困惑とも言えない何かしらに心乱され、
微妙に視線を泳がせる釈迦牟尼様で。
彼の示したそんなささやかな態度も当然拾ったその上で、

 「動揺なさってどうしますか。
  あなたもまた、彼から見込まれたお人だというのに。」

 「……それは判っておりますが。」

それでもするりと飲み込めないものがあるようで、
深瑠璃の双眸を伏せ、戸惑いを隠し切れない釈迦牟尼なのへ。
こちらの彼には珍しいことよと、
“お若いなぁ”と微笑ましく感じた天部様であったようだったが。

 「イエス様にだけは悟られてはなりません。」
 「ええ、それはもう。」

 そう、こたびの騒動には、
 実をいや、真の真相というのが別にある。

実際に“では こうしてああして”と
言葉を交わして誓約し合った訳ではないが、
向こうは聡明な如来様だということを見越した上で、
仄めかしの視線さえ寄越さずに大胆な大芝居を打って見せ。
そして、そんな彼からの期待をそのままなぞるよに、
素早く察しが及んでいたブッダとしては、

 それで護られる存在が 他でもないイエスである以上

一番聞かせられない人への色々を考慮し、
事態の延長上に 何があるかを見定め合っての言わず語らず。
何が起きていて、誰がどう手をつけ、それで何が起きたという、
“実状”への表面上のやりとり以上のことは何も言い合わなかっただけ。

 「ご迷惑をおかけしましたと頭を下げられたのが、
  引き金こそ仏界出自のものだというに、
  これはあくまでも天乃国の問題だと一線引かれたようで堪えましたよ。」

とぼけた天然さんのよに見せて、実は切れ者。
そういえば、随分と昔のイエスとの馴れ初めのころ、
天国の門が門限を迎えたなぞという ふざけた書状を送って来て、
ブッダとの逢瀬の時間稼ぎという
粋なことをしてくれたのも、彼ではなかったか。

 『畏れ多い方からの関心も呼ぶことが出来るものだろうかと、
  そんな大それた望みの声も聞かれるようになったので、

  だったら私が、
  この美声を封じることと引き換えに、
  他でもない、イエス様を相手に願をかけてみようぞと。』

そう、
ペトロがこたびの事態を引き起こした張本人だというのは
当人が告白した通り、間違いのない事実だが、

 『なんでまたそんな。
  私が女の子になったらそんなに面白いの?/////////』

そうと非難したイエスへ、何とも応じず話を逸らした格好になったのも、
そんな理由から手掛けた彼ではなかったから。
イエスに嘘はつけないが、さりとて本当の理由は絶対明かせぬ、

 何故なら、
 試しにと手掛けたところ、
 恐れていたままの結果が導かれてしまったからで…。




不思議な威力を売りにした“代替の札”は、
苦行がデフォルトな仏門浄土では、
初歩の禁忌も常識レベルで浸透しているがゆえ、
言わずもがななモラルも守られてのこと、
子供の遊びで済む代物だったが。
目新しいとウケた天乃国では 
それだけで片付かぬ微妙な話がちらほら聞こえ始めていて。

 一体どこまでの級の望みが叶うのだろう
 物欲には効かぬというが、
 それでも自分へ課した苦行への効用は出るほどの不思議なお札。
 たくさん我慢を重ねれば、それはもう大きなことでも叶うんじゃないか?

子供のような屈託のなさから広がった想像であれ、
それが方向によっては、
例えば 誰か個人を対象とした、
偏った仕打ちになりはしないかという恐れもなくはなく。

 「あくまでも暗示に近い誘導が働く程度、
  誰かの意志へと潜り込んでまで働くほどの
  強引な威力はありませんとお答えしたのですが。」

 ですが、我々の身近には、
 何でも許し受け入れてしまわれる、
 御心の広い存在がおわしますので、と
 それはそれは案じて言及して来た彼だったそうで。

 「…。」

そう、ペトロがそれへ気づき、
憂慮し始めたのは、昨日今日の話ではなくて。

 例えば、イエス様に逢いたいと望んだら?
 何かをものすごく我慢して頑張ればそれが叶うなんて素敵だと、
 そんな声が聞こえなくもないのだと、
 使徒らの間からの報告があったらしく。

それは慈悲深く、
人の罪を 悔いれば許すとするほどに おやさしい神の子には、
そんな純粋な望みほど するすると届いてしまうやもしれぬ。
聖なる存在だから邪悪は寄るまいとの油断をついて、
子供の思うような、でもでも、
独占欲で相手を縛るような駄々半分の、
無体なことが もしも降りかかったら?

 「それを聞いて、
  確かに そんな恐れはないとは言えぬとハッとしましたよ。
  早急に手を打たねばとも思いましたが、
  回収にあたるにはそれらしい理由も要ります。
  迂闊にこの下りを説いては、
  まだ気づいていない層へ寝た子を起こすような真似になりかねぬ。
  そんな訳で、
  はっきり言って多少は時間が掛かると正直なところを告げ、
  天界におわす存在に、
  そんな疚しいことを思う不埒な尊はおりますまいと、
  今日明日という脅威はなかろと応じたところ、」

 何の拍子にか下界へ落ちていたらどうしますかと
 それが魔物に魅入られたような、意志の弱い人間の手にでも渡れば
 恐ろしいことに成りかねぬと、

 「苦り切った顔でそうと告げられたのですが、
  とはいえ、作り出した私たちでは
  そのような大それた“試し”を
  成すことも侭ならぬというのを察したのでしょう、」

判りました。こちらで手を打ちましょう。
まるでご自身へ言い聞かせるように、そうと仰せになって

 「それからは昨日まで、音信がありませなんだが。」

事情がなんとはなく見えてきたからこそ、
妙に芝居がかっいてた彼の人の声が蘇る。

  『だったら私が、
   この美声を封じることと引き換えに、
   他でもない、イエス様を相手に願をかけてみようぞと。』

決して、嘘はついてはいない。
彼が彼の敬愛するイエスの前で嘘をつけるはずがない。

 ただ。

イエスを対象に畏れ多くもただ賭けをしたのではなく、
その身へイエスからのお怒りや誤解を、
そして世間からは愚かなとの恥をかぶることも恐れずに、
道化になりきる格好で、イエスを危機から護り切ったのであって。

 「ブッダ様がおいでの今だから、と。」

昨日の対面の場で、そうと本人から聞いたらしく、

 「機転も利いて察しも良い方だけに、
  いくら図々しくてイエスへの礼儀もなってない自分であれ、
  師へ ここまでの馬鹿げたことをするかどうかを疑問に思われるだろうし、
  どうして か弱き女性への転変なぞ望んだかにも、
  するすると理解が及ぶだろうと期待していたと。」

 「…ええ。」

そこはむしろペトロの側の機転と言えること。
実際そうだったように、
か弱き身へと変わり果てていたイエスを前に、
ブッダの中で“彼を守らねば”という意識は 
常以上の桁へ 易々と跳ね上がっていたと思うし、

 「誰のどんな企みかという警戒の下、
  天乃国への迅速な報告さえ、
  控えておられたようですし…とも仰せでしたよ。」

梵天へこっそり語ったらしい、そこのところは、

 “すいません、気を遣っていただいて。///////”

もしかしたら…ペトロもうっすら気づいているかも知れないこと。
そこは そんな“聡明にして鋭利な直感”が働いたのではなく、
離れ離れになりたくないからと子供の駄々のような言い分から、
報告しちゃあダメと遮ったブッダだったのであり。
持ち上げられては むしろ恥ずかしいと、
頬をさりさりと指先で掻いてみる彼だったりし。(苦笑)
そんなブッダだと、こちらも気づいているやらいないやら、

 「ペトロさんとしては、
  それが悪ふざけであれ
  誰かが実行に移し、甚大な被害が出る前に、
  早急に手を打たねばと構えられたのだと思います。」

今回の顛末を綴ったものなのだろう、
極秘も極秘、特殊な神通力で鍵のかかる
巌封錠ファイルをブッダの前へと差し出した梵天氏。
しかも と声をひそめると、此処が肝要と付け足したのが、

 「ご自分がそのような浅はかなことをし、
  でも効果はなかったと声を大にして喧伝するという、
  一種“道化回し”となる覚悟もなされたのでしょうね。」

イエスに師事する使徒の筆頭。
とはいえ、ちょっぴり天然の傾向もあると、
広く知られておいでなのをいいことに。
そんな子供じみたおふざけをしたことにし、

 『さすがに、イエス様を招き寄せるような願いは叶わなかった。
  誰かが呼ぶ気配だけがしたものか、ひどく混乱されていて。
  真相をお話ししたら、しょうがない人だと叱られてしまったよ』

いやしまったと、自嘲しつつ吹聴しておられる最中らしいと、
梵天は言い、それを機に始めた製品の回収も順調に進んでいるし、

 「製品へと封じ込めた咒力も、
  私が一気に念じを送り、勝手ながら既に相殺させておりますゆえ。」

なので、どこへ紛れようと取りこぼされようと問題はないこと。
相変わらず、水も漏らさぬ仕儀であり手配であることへ、
一件落着と安堵の顔を示すかと思いきや、

 「……。」

ブッダが示したは、複雑な憂い顔に他ならず。
返されたファイルへ更なる封印をかけていた梵天が、
それへと気づいて“おやおや”と目許を和ませる。

 「そんなお顔をなさいますな。
  見込まれたのを誇りと思わねば、
  それこそ…彼の見識と勇気ある行為を
  穢すことになりませぬか?」

天界での事情が背景にあったのだから、
地上に居る自分にはそこまでの察しなんて無理な話。
後れを取ったのも致し方ない。
他でもないイエスにこそ永遠に秘されることだというに、
そうまでの無償の敬愛を示した彼なのが、
歯痒く口惜しい釈迦牟尼なのだろうと推し量り。
何とも瑞々しい感性を持たれたことよと、
ちいさな苦笑を洩らした天部様。
どこの軒からだろか、
気の早い風鈴の ちりんという微かで堅い音がした、
そんな初夏の昼下がりの一幕だった。







   〜Fine〜  14.06.12.〜06.17.


  *ややこしい枝番、これにて終了でございます。
   いつにもましてややこしい妄想に
   長々とお付き合い下さって ありがとうございました。

  *聖兄へ転んだばかりのころに、
   どこだったかググった先で
   仏陀様は神通力で女体化出来ると、
   そんな説があるとかないとか見かけたのをつい、
   本編にも ちょろりと用いておりますが。

   世に流行の“にょた”とは違う、
   聖なる身であるからこその奇跡とか
   神通力による転変は、
   ですが、
   実際に出来たことかどうかは追及しようがないことで。
   生涯を紡いだ正史の中に記されているか否かと言っても
   多くのお弟子たちが様々に語り継いだのだろう
   その生涯や奇跡の数々ですから、拾い上げればキリがなく。
   中には…善行を施しなさいという教えの中、
   例えば これこれこういう身寄りのない老婦人がいて、
   日頃の功徳があったから、
   苦しんでおられたおりに見ず知らずのご婦人が世話をしてくれたが、
   それは実は仏陀様が転変なさった存在だったのですよとか。
   そんな形のお話も山ほどあったに違いないと思われまして。

   そういうのであれば、
   イエス様にもあったんじゃないのかなぁと思い。
   どんなお嬢さんになるのかなぁと
   ああでもないこうでもないと妄想してたら
   こんなお話になりましたvv(てへvv)←おいおい

  *途中までは
   貧乏くじを引いてもらったような扱いのペトロさんでしたが、
   ふっふっふっ、
   実は聖人たちの中での一番のご贔屓ですんで、
   こういう役どころを演じてもらってたワケでして。
   枝番とするお話じゃあありますが、
   ブッダ様、しっかりしないと
   意外な大穴、ペトロさんにイエス様を攫われちゃいますよ?

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